こころびより
サイトキャラが日替わりで登場。 過去話や未来話・裏話などが書かれていたりします。 たまに小咄も?
2008
May 05
May 05
「帰ったのかね」
この家の主であり、滝川の雇い主でもある、板橋の部屋へ戻ると真っ先にそう尋ねられた。
「はい」
「納得したわけではないだろうに」
「そうですね………」
懐手をして座っている板橋の前に、座卓を挟んで正座をする。先日の陵和会の件についてその後の報告をしていたところだったのだ。
「ただ、私の言い分に反論すべきところを見つけられなかったから大人しく引き下がったのだと思われます」
玄関から出て行く和希の背中を思い出す。肩を落としたその姿は、一人で放り出すには心許なかった。だが、これは滝川が口を挟む問題ではない。滝川の考えとは別の考えが彼には伝えられている。滝川はそれを遂行する。それが最良かどうかは関係がない。最悪であれば、滝川も口出しをするが、このことについては最悪の選択肢ではなかったと判断している。選択は、冷静に出来ていると評価している。
勇也が選んだ答えは、間違っていない。自分の力量を考え、よく冷静になれた。
「賢いのも考えものだな」
「勇也さんですか」
どうやら、滝川と同じ事を板橋も考えていたらしい。
「そうですね………冷静な判断が出来るのは良いことだと思いますが」
「だが、判断が出来るだけでは困る」
「それは、祖父としての言葉でしょうか?」
板橋が口元を歪める。笑ったのだ。
「そうだな。感情のこもった意見だ。老婆心というものだよ」
「高井様を遠ざけてはならなかったと?」
「巻き込みたくもないし、守ることができないのなら遠ざけようと思うのはわかるが、そうすると一人になってしまう。一人では何もできまい」
「私がおりますが」
板橋の傍に居たのは自分だ。片腕となって働いてきた。勇也に対しても同じように傍にいようと思っている。
「うむ。それはそれで必要なことなのだが、まだ若いというのに孤立してしまうのは心配になるね。しかも想いを寄せた相手を遠ざけて、今後誰かを特別に想うことはあるのだろうかとね」
勇也の性格からして、もう誰かを好きなることはないかもしれない。これまでだって慎重に人付き合いをしてきたのに、今回のことはその慎重さに拍車をかけてしまったのではないか。誰にも心を開かないまま大人になり、生きていくのではないか。板橋はそれを危惧しているのだ。
「あのお嬢さんは、勇也のことを知ってそれでも付き合ってくれていたのに、そんな貴重な存在をわざわざ手放してしまうというのは、あまり賢い判断ではない。頭でばかり考えるからそんなことになるのだ。そこは一つ更に強い男になろうというくらいの意気込みが欲しいところだよ」
「………高井様をお気に召しているようですね」
「可愛い子じゃないか。今日も折角来てくれたのだから、会いたかったよ」
今の板橋の表情を見たら、勇也はどう思うだろう。一度も見たことがないであろう表情に驚愕を隠せないだろう。
「会ったら、発破を掛けるでしょう」
「それくらいいいだろう」
「それは、勇也さんの意志に反しますよ」
「勇也よりお嬢さんのほうが可愛い」
滝川はため息をつく。
「そんなことを言ったら、勇也さんが泣きますよ」
「泣くわけがないだろう」
板橋は知らない。滝川が報告をしなかったからだ。
勇也が涙を流したことを。
「もっと勇也さんを労ってくださいね。悩んでいるんですから」
「さてね」
からかうような口ぶりに、滝川はもう一つため息をついた。
板橋が楽しそうにしているのを見るのは嬉しいが、勇也の気持ちを思うと居たたまれなかったからだ。
この家の主であり、滝川の雇い主でもある、板橋の部屋へ戻ると真っ先にそう尋ねられた。
「はい」
「納得したわけではないだろうに」
「そうですね………」
懐手をして座っている板橋の前に、座卓を挟んで正座をする。先日の陵和会の件についてその後の報告をしていたところだったのだ。
「ただ、私の言い分に反論すべきところを見つけられなかったから大人しく引き下がったのだと思われます」
玄関から出て行く和希の背中を思い出す。肩を落としたその姿は、一人で放り出すには心許なかった。だが、これは滝川が口を挟む問題ではない。滝川の考えとは別の考えが彼には伝えられている。滝川はそれを遂行する。それが最良かどうかは関係がない。最悪であれば、滝川も口出しをするが、このことについては最悪の選択肢ではなかったと判断している。選択は、冷静に出来ていると評価している。
勇也が選んだ答えは、間違っていない。自分の力量を考え、よく冷静になれた。
「賢いのも考えものだな」
「勇也さんですか」
どうやら、滝川と同じ事を板橋も考えていたらしい。
「そうですね………冷静な判断が出来るのは良いことだと思いますが」
「だが、判断が出来るだけでは困る」
「それは、祖父としての言葉でしょうか?」
板橋が口元を歪める。笑ったのだ。
「そうだな。感情のこもった意見だ。老婆心というものだよ」
「高井様を遠ざけてはならなかったと?」
「巻き込みたくもないし、守ることができないのなら遠ざけようと思うのはわかるが、そうすると一人になってしまう。一人では何もできまい」
「私がおりますが」
板橋の傍に居たのは自分だ。片腕となって働いてきた。勇也に対しても同じように傍にいようと思っている。
「うむ。それはそれで必要なことなのだが、まだ若いというのに孤立してしまうのは心配になるね。しかも想いを寄せた相手を遠ざけて、今後誰かを特別に想うことはあるのだろうかとね」
勇也の性格からして、もう誰かを好きなることはないかもしれない。これまでだって慎重に人付き合いをしてきたのに、今回のことはその慎重さに拍車をかけてしまったのではないか。誰にも心を開かないまま大人になり、生きていくのではないか。板橋はそれを危惧しているのだ。
「あのお嬢さんは、勇也のことを知ってそれでも付き合ってくれていたのに、そんな貴重な存在をわざわざ手放してしまうというのは、あまり賢い判断ではない。頭でばかり考えるからそんなことになるのだ。そこは一つ更に強い男になろうというくらいの意気込みが欲しいところだよ」
「………高井様をお気に召しているようですね」
「可愛い子じゃないか。今日も折角来てくれたのだから、会いたかったよ」
今の板橋の表情を見たら、勇也はどう思うだろう。一度も見たことがないであろう表情に驚愕を隠せないだろう。
「会ったら、発破を掛けるでしょう」
「それくらいいいだろう」
「それは、勇也さんの意志に反しますよ」
「勇也よりお嬢さんのほうが可愛い」
滝川はため息をつく。
「そんなことを言ったら、勇也さんが泣きますよ」
「泣くわけがないだろう」
板橋は知らない。滝川が報告をしなかったからだ。
勇也が涙を流したことを。
「もっと勇也さんを労ってくださいね。悩んでいるんですから」
「さてね」
からかうような口ぶりに、滝川はもう一つため息をついた。
板橋が楽しそうにしているのを見るのは嬉しいが、勇也の気持ちを思うと居たたまれなかったからだ。
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